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新歓合宿

4月13日~14日の2日間、私は明治大学の地底研究部の合宿に参加した。


新入生Aくん

 私がこの部の存在を知ったのは、入学して間もない頃、桜の花が柔らかな日差しに照らされる日のことだった。きっかけは手元に配られた一枚のチラシ、そのチラシは数あるサークル勧誘の書類の中でひときわ存在感を放っていた。そこに写っていたのは暗闇で岩壁を上る一人の男、頭につけたライトの明かりと命綱を頼りに壁を上っていく、そのまなざしの見据える先には何が待っているのか、写真の横に白い文字で「地の底を探ねて 知のそこを究めて」と書かれている。なんなんだこれは。私は思った。こんな活動をしているサークルがあったのか。この垂直な岸壁を上っている、まるで海外の冒険家のような人物は自分と同じ大学生なのか。私は稲妻に打たれたような衝撃に立ちすくんでいた。やがて一つの決意が私の心に浮かんできた。この部に入ろう。私は声に出して言った。後日私は地底研究部の説明会に行った。私は新歓合宿というものの存在を知り、参加することを決めた。合宿前日の夜、まだ見ぬ冒険に心を躍らせなかなか眠れなかった。洞窟というのはどんな場所なのだろう。写真でしか見たことのない場所を想像しようと懸命に頭を働かせているうちに、私の意識は深い眠りへと誘われた。


 そして迎えた新歓合宿の当日である。集合時刻は9時であり、ややゆっくりめの時間だった。集合場所に着くと私含め新入部員は六人、先輩は二人だった。私の集合場所は和泉支部だったが、生田支部、和泉支部、品川駅の三つが集合場所として設けられており、それぞれの場所から先輩が車で目的地の山梨県に送り届けるのだそうだ。大学生っぽいな、とふと思った。行きの車内では、知り合って間もない部員仲間たちと話に花を咲かせたり、窓外に流れていく景色に目をやるなどして穏やかに過ごした。


 しばらくするとサービスエリアに着いた。車の外に出ると雲一つない晴天であった。遠くの方には山が見えた。ビル群や電線など遮るものが何もない中で、澄んだ青空がどこまでも広がっていた。お昼ご飯は多数決により、鍋焼きうどんを食べることになった。たっぷりの野菜とエビ天、わかめ、もち等が入った豪華な鍋焼きうどんだ。一口目、まずは汁を飲んだ。煮え立つほどに熱いのでよく冷ましてから飲んだ。出汁がきいており、うま味成分が口の中で弾けた。白菜がくったくたになるまで煮えており、汁をよく吸っていた。白菜の甘みが口いっぱいに広がる。汁の塩気との相性も最高だった。そして主役のうどんである。私は勢いよくすすった。なんといううまさだろうか。私はこんなにもうまいうどんを食べぬまま、18年もの歳月を過ごしてきてしまったのか。私はこれまでの人生を恥じた。と同時に、今この瞬間こそがスタートライン、幕開け、新たなる人生の始まりではなかろうか。とも思った。大学生になった私は地底研究部に入り、様々な場所に旅するだろう。そこで出会うであろうまだ見ぬ洞窟、まだ見ぬ絶景、まだ見ぬ生き物、まだ見ぬ食べ物たち、そういったものたちがこれからの自分史を彩ってくれる、そんな予感が胸をかすめた。


 サービスエリアを後にした私たちは、再び目的地の山梨県の洞窟「富士風穴」を目指すのであった。車内には部員たちの眠気が充満しており、生暖かい空気感に包まれていた。きっと鍋焼きうどんで腹が満たされたせいだろう。私の意識も、まるで水草に足を絡みとられ沼底に沈んでいくかのように、深い眠りの底へと沈んでいった。

 目が覚めた。どうやら目的地に着いたらしい。窓の外を見た。辺りに見えるのは木々ばかりだった。洞窟はどこへ…? 朦朧とした頭で私は考えた。しかしまわりの人間たちが外に出る準備をしている。ここが終着点なのは間違いなさそうだ。私は慌てて外に出た。


 私達は森の中を進んでいく。深い森だった。雪が降り積もっている。純白の雪と木々の深緑のコントラストが美しかった。少しだけ寒い。外国の絵本の一場面に出てきそうな景色である。それにしても静かだ。生き物の気配を感じない。雪がすべての音を吸い込んでしまったのかと思えるくらい静かな森だった。私たちは森の中を進んでいく。前方に人影が見えた。どうやら先に洞窟探検をしてきた地底研究部のメンバーのようだ。私たちは彼らから洞窟探検に必要な装備を借りるよう促された。つなぎとヘルメット、ヘッドライトである。なお、つなぎの下には防水対策を万全にするために自前のレインコートを着る。また、手が岩肌や氷で傷つくといけないので、自前の軍手をつける。私は軍手だけだと濡れるかもしれないと思い、軍手の上からゴム手袋をつけた。これが果たしてどこまで役に立つか。ちなみに、今回自前のものは軍手とレインコートだけだったが、本入部することになれば、つなぎ・ヘルメット・ヘッドライトも借り物ではなく自分のものが必要となってくる。こうして、私達は洞窟に入るために必要な装備がすべて揃った。

 私達は先発隊と別れた。私達は森の中を進んでいく。早く洞窟に入りたい、私の熱意が胸の中で炎となり、渦を巻いて周囲の雪を溶かしてしまうような気がした。心臓の鼓動が早くなっていく。「着いたよ。」先輩が言った。私は息をのんだ。まるで隕石の落下痕のような大きなくぼみが森の中に現れた。「富士風穴」と刻まれた看板が設置されている。くぼみの下の方を覗くと、見えた。洞窟の入り口。怪物の口のようなぽっかり空いた大きな穴。墨で塗りつぶしたかのような黒。夜空の黒よりもさらに一段階上の黒。別世界への入り口。「おいでおいで」と私達にささやきかけているようだった。私達はその穴の発する引力に導かれるまま、一人ずつ岸壁を降りてゆき、くぼみの下へと向かうのであった。


 くぼみの下へと降り、洞窟を前にした私は足がすくんだ。いざ目の前にすると、それはとてつもない迫力を放っていた。洞窟の中に入るとそれなりに急な斜面があった。斜面の下の方は真っ暗で見えない。私達は一人ずつ斜面を下っていくことになった。下に降りると「〇〇、到着です!」という風に合図をだし、次に待機していた部員が出発するのだ。自分の番が来るのを待っている時間は緊張と恐怖が入り交じった奇妙な時間だった。そしてついに私が降りる番になった。少しでもつかみやすい岩を探し手につかみ、そろそろと、慎重に足を伸ばして降りていく。暗闇の中、頭につけたヘッドライトだけが頼りだ。私の頭に、幼い頃木登りをしたときの記憶がよみがえった。しかし、今ここで足を踏み外し、落下しようものなら、負うであろう怪我は木登りの比じゃないだろう。それくらい眼下に見える闇は深く、闇の深さが高さを物語っており、周囲の岩肌は鋭かった。私はなんとか斜面を下りきった。斜面を下ると、大学の講義室くらいのやや広い空間に出た。肌寒かった。地面には氷が張っており、つららがたくさんあった。つららはどれも宝石のような輝きを放っており、思わず見とれてしまうくらい美しかった。しばらく進むと成人男性がギリギリ通れるくらいの穴があった。辺りを見回してもここ以外に通れる場所はなさそうだ。私は精一杯体を縮めてほふく前進の姿勢をとった。道なき道を行く、そんな言葉が頭をよぎった。

 とてもせまい通路だった。私達は、進行の邪魔をする尖った岩を巧みに避けながら進んでいった。20代の若者たちが、芋虫のような姿勢で団子状に連なって、チューブのようなせまい通路を這っていく光景は、かなり滑稽な気がした。狭い通路を抜けると、氷の坂道が私達を待ち構えていた。先輩曰く、滑り台の要領で滑っていくらしい。上を見ると、天井がとても高かった。坂の横幅も広い。人生最大級の滑り台だ。私は颯爽と滑り出した。頬を切る風が爽快だった。とても気持ちがよく、楽しかった。ある程度滑り平面に立っても、また新たな坂が現れた。私達は次から次へと坂を滑っていくしかこの洞窟を攻略する方法はないのだ。「帰りはどうするのだろう…?」一抹の不安が頭をよぎった。しかし坂を滑る部員達のたのしそうな声を聞いてるうちに、そんな不安も消えていった。


 やがて坂はなくなり、平面の道をどんどん歩いて行った。壁際には、針山に見まがうほどのおびただしい数のつららがある。吐いた息は白くなり、消えていく。まさに氷の洞窟、そんな雰囲気だった。映画やRPGゲームの世界に迷い込んでしまったようだ。自分たちは宝探しをする冒険家であり、この洞窟の奥に眠る巨万の富をめざし旅を続けている、そんな気がした。もしくは魔王討伐をもくろむ勇者であり、洞窟の最深部に封印されている伝説の剣を狙っている。しかし最深部には凶悪な魔物が潜んでおり…。そんな妄想をしているうちに空間はどんどん窮屈になってゆき、気づけば高校の教室くらいのスペースにたどり着いた。先輩が口を開いた。「ここがこの洞窟のゴールだよ、」


 「みんな、電気を消して。」先輩が優しい声で言った。私達は指示にしたがい、ヘッドライトのスイッチを切った。その瞬間、すべての景色が消えた。岩も氷も人も、何もかも。代わりに姿を現したのは圧倒的なまでの闇。私はこれほどまでに濃度の高い闇を味わったことがなかった。顔の前に手を伸ばしても当然ながら何も見えない。自分がたどってきた方向も分からなければ上下左右も曖昧だ。なにも見えないので空間の認識そのものができないのだ。また、こんな闇の中にずっといると体内時計も狂うだろう。明かりを消してから1分も経ってないはずだが、あまりの心細さに1時間くらいここにいたような気さえしてくる。闇が光を飲み込むだけでなく、時間も空間も溶かしてしまったようだった。「ライトを消すとこれほどまでに暗いのです。」先輩の声が聞こえる。どこから聞こえてきたのか、方向までは分からない。「だから私達は最大の準備と用心をして洞窟探検に臨まなければならない。」先輩はそういって自身のライトの明かりをつけた。私達もそれに続くようにライトのスイッチを押した。数分前まで見えていた氷の洞窟の風景が浮かび上がった。私が高校生だった頃、学校に行き、授業を受け、友人と昼食を食べていた時も、体育祭や文化祭といった行事に参加していた時も、この場所はずっと闇と静寂に包まれていたのかと考えると不思議な気がした。何千年も何万年も、光もない、生命もない場所なのだ。そしてこれからも…。


 私は宇宙について考えた。宇宙空間はこんな場所なのだろうか。光もなくて、音もなくて、生き物もいなくて…。洞窟の最奥で私を待っていたのは、巨万の富でなければ凶悪な魔物でもなく、宇宙との対面であった。帰り道は、滑ってきた氷の坂をなんとかして上りきらねばならず、だいぶ汗をかいた。しかし行きにかかった時間を体が記憶しているためか、案外早く出口についた。ふと手元を見ると、軍手の上からつけたゴム手袋の指先がすべて裂けていた。その悲惨さが洞窟探検の壮絶さを物語っていた。その夜は部員一同でバーベキューをした。先輩方が、準備から食材を焼くのまですべてやってくださった。とてもありがたかった。バーベキューの肉は豚肉だった。牛肉じゃないのか…。と一瞬考えたがキャンプっぽいしこれでいいのだ。一口ほおばった。とても美味かった。泊まる場所はログハウスだった。修学旅行の夜みたいに皆夜更かしすると思っていたが、就寝時間前からあちこちから寝息が聞こえてきた。洞窟探検でだいぶ疲れたのだろう。私は一人近くの川を見に行った。水の流れをただ見ていた。誰もいない。生き物の気配がしない。静かな夜だった。



 二日目は一日目ほどダイナミックな活動はなかった。一つだけ観光用のコウモリ洞窟に行き、あとは東京に帰るだけだった。コウモリ洞窟はよく整備された洞窟で、歩いて回ることができ氷もなく、滑って転んだり高い場所から落下する心配もなかった。コウモリは皆眠っており、黒い干し柿みたいだった。顔が見られなくて残念だった。そして私たちは山梨をあとにし、東京に向かった。車窓から見える光景が、民家と自然ばかりだったのに、次第にビル群へと移り変わっていく課程は何度味わっても良いな、と思った。旅先からの帰り道、電車や車の窓から見える東京タワーの赤い光が私は好きだった。ああ、ふるさとに帰ってきたのだなという気持ちになる。あの赤は私の心に深い安らぎを与えてくれる。私は東京タワーが好きなのだ。


 今回の地底研究部の新歓合宿はわずか二日間であったが、とても濃密な二日間だった。これから先、もっともっとたくさんの洞窟に入り、もっともっとたくさんの冒険ができるのだと思うと、ワクワクが止まらない。もし今このブログを読んでいる君がまだ大学生でないならば、是非とも明治大学を志し、受験勉強に励み、入学してほしい。そして地底研究部に入ってほしい。そこにはまだ君の知らない世界が待っている。チテケンで過ごす日々は君の大学生活の4年間をきっと鮮やかなものにしてくれるだろう。


~ブログ管理人からの一言~

 まず、突然ブログをお願いしたのに書いてくれてありがとう(*^^*)

今までのブログにない、小説みたいな文章で読んでいてとても面白かったです!

そのなかでも、「少しだけ寒い。」っていう短い文章がとても好きです。ファンタジーっぽい!

 

忙しいと思うけど、これからもSRTとか新しいことに挑戦して、

新しい素敵な世界を体験してくれたらうれしいです(^^♪


本当にありがとう!



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